人々が作る建築家いらずの家 | 空の続きはアフリカ
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人々が作る建築家いらずの家

【2018.05.16 Wednesday 22:06


「建築家になっても、僕はお金もちだけの家なんか作りたくない」


と、散々、言い続けた息子・カンジが、ようやく地元の大学の建築学部の修士課程を修了しました。

 

南アフリカの大学の建築学部は、日本のそれとはちょっと趣が違うのかもしれません。こちらの資格は、どちらかと言うと、建築デザインの分野になるのでしょう。

 

“ようやく”というのは、ここまでの道のりが長かったのです。

 

まず、最初の学士まで4年、その後日本でのインターンが2年、南アに帰国して、一年間地元の建築事務所で勤め、古巣の大学に戻って、修士までさらに3年。合計年数は計算したくない気持ちです。南アで“建築士”の国家試験を受ける資格は、さらにこれから2年を南アフリカの建築家の元で働く必要があります。でも、修士を終了したことでできることもたくさん出てきました。

 

さて、お金持ちの家は作りたくないカンジは、建築家として、何を目指すのでしょう。

 

私は彼からその修士の論文やそのプロジェクトを最初に聞かされた時、大げさではなく、“命のつながり”を感じました。

 

彼のテーマは、Bamboo、竹です。竹は、再生可能なエネルギーとして今世界から注目を浴びている植物です。

 

 

実は、アフリカで“竹”というと、在来種の植物ではない、地下からの水分を汲み上げる、などという否定的なイメージが先行してあまり人気のある植物ではありません。でも、実際の竹は、地面に根を浅く広く張るため、地下水資源を枯らす危険性がありません。現在南アフリカは水不足が多くの場所で起こっており、外来植物にはとても敏感で、その評価があまり正確でない場合があるのが残念です。


竹は、現在、全世界で1400種が確認されています、これらは小さな茂みから20メートル級の巨大なものまで含みます。竹の最大の特性は芽が出て5年目から毎年収穫できる事です。南アで存在する巨大竹は建築資材としてはかなり優秀な可能性を秘めているそうです。


カンジの修士論文の課題は、アフリカの都市部ではない地域に住む人々のために、竹をどう建材として使うか、またそれを生かした全体的な仕組みをどう構築するかというものでした。

 

具体的には、人間が住まう過程で出てくる生活排水を竹に吸収させ、その竹を保存加工できる施設を既存の住宅に取り付ける、という仕組みだったり、その竹を使い建造物を毎年拡大する、という可能性が挙げられていました。

 

日本にルーツを持つカンジには、アフリカでそのまま育った人たちよりも、“竹”が身近な存在であったことは確かです。日本における竹の歴史的な影響もあるでしょう。彼の論文には、それこそ竹の活用方法を千利休まで遡り説明していました。

 

日本人二人を両親として、西アフリカ・リベリアで生まれ、彼はほとんどの教育をアフリカ諸国で受けました。日本の文化を自分の人生に積極的に取り入て行こう、という姿勢はいつの頃から顕著になったかと言うと、やはり21歳で父親を不慮の事故で亡くしてからかもしれません。

 

私は夫と一緒に、アフリカでたくさんの人々に会い、たくさんの経験をして、自分たち夫婦がこれからのアフリカの発展に少しでも寄与するのであれば、自分たちが事業主となり、一つでも二つでも雇用を増やすことだ、という考えを持って南アフリカに移住しました。

 

夫は2010年に、志途中で急逝したのですが、幸いにも私には語学教育や通訳という、日本人が少ないからこそ活躍できる仕事があったため、事業はそのまま続行させることができています。

 

さて、カンジが竹で何をしたいのか。

 

彼は、協力してくれるコミュニティを探して、その土地で竹を栽培し、収穫し、加工し、建築資材として市場に送り出し、それらを住民自分たちがサンプルを目で見ながら建築できるような一連の流れを創造したいようです。

 

荒れた荒野を緑地化し、皆の頭上に屋根を設ける、というのが彼の夢です。

 

そして、彼はそれを“Living School”と呼び、まだまだ住宅事情が需要に追いついていない内陸の村落や、都市にばらばらと出来ている違法な家屋群に何とかこの‶竹”の一連の利用方法を普及させようといろいろな方面から模索している最中です。
彼が説明してくれた中で、非常に心に響くものがありました。

 

「僕は誰もが簡単に作れる建築を目指しているんだ。竹を使うと、構造体とデテールがわかりやすく、最終的に出来上がった“家”は、誰がどう見ても、簡単で優しくて、みんなが“これだったら自分たちでも作れるな”と思ってくれるモノにするのが目的なんだ」
つまり、「みんなが真似て作れる建築家いらずの家」を作りたいのだそうです。

 

「お金のない人たちはそれぞれの生活で手一杯なので、地球温暖化や汚染問題など配慮するのが難しい。そこで、竹のシステムを生活に導入することにより汚染された水は資源に変わり、今まで移動しなければならなかった建材が家裏で採取できるようになる。もし他者が自分も竹を育てて家を建てたいという状況が生まれると、このシステムは勝手に幅広い地域を歩き渡り緑地化しながら皆の屋根を作っていく」

 

アフリカ郊外では、お金が一遍には用意できないために、屋根を作り、この部屋をひとつ作って、キッチンはその後で、というようにかなり最初の設計図なしでがんがん家を建てているケースがあります。

 

それに、途中で放棄されている建築物がアフリカの田舎では見かけることも多いのです。これは建築途中で施工主が何らかの形でお金が尽きたか、寿命が尽きたか、で最終的な“家”までたどり着かなかった可哀想なケースです。再生可能な竹がすっぽりと建造ループに入っていくのを創造していただければ、こういった中途半端な夢半ばで放置される建造物だって、少なくなるはずです。
「それに、竹を植えて、収穫して、加工すれば、材料だってお金がかからない。竹を使った工芸品や家具などの製造販売もできるしね」

 

まだまだ彼の始めたプロジェクトが、きっちりと運営できるような資金計画なども緒に就いたばかりです。が、ありがたいことに、同じ大学で建築を学び、建築士の資格のあるビジネスパートナーとよちよち歩きながらも建築事務所を発足することもできました。
将来は、政府が認める公けな建築材料として“竹”を登録することも必要となってくるでしょう。

 

修士号の授与式に先駆けて大学が設けてくれたお祝いの席で、修士課程の教授が、彼のプロジェクトを評してこんな言葉を私にかけてくれました。

 

「彼の論文を読んで私は泣きました。彼がしようとしていることは、“優しい”んです。優れた建築家の論文はこれまでにもたくさん読んできたけれど、彼のしようとしていることは、人間に対する優しさに溢れています」

 

幼い頃から、カンジは感受性が人とは違い、また言語表現があまり得意ではなかったことから、多くの場で誤解も受けてきたし、人に迷惑をかけたこともたくさんありました。


が、彼が“建築”という職業に出会い、いろいろ試練にもつぶされそうになりながら、そして、人より多くの時間がかかったとはいえ、ここまでたどり着いたのは、一重に自分の未来をあきらめなかった彼の努力の賜物です。


自分の子どもが自分を乗り越えて、さらに進化していく過程を見ることができるというのは、親にとってこれ以上の喜びはありません。まだまだ失敗も、挫折もあることでしょう。でも、その志が自分以外の外に向かっている限り、彼はきっと笑いながらその関門を乗り越えていくはずです。


夫も空のどこかで、カンジがつなごうとしている彼の思いを受け止めて、満面の笑顔になっているかな、と想像しています。

 

 

author : y-mineko
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吉村 峰子
writer
English & Japanese
language instructor
interpreter
(Japanese - English)