嬉しいなぁ | 空の続きはアフリカ
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嬉しいなぁ

【2014.11.20 Thursday 05:33
偶然にも、先週は二人の子どもが私の友人にとっても親切にしてもらった週でした。

もう成人しているとはいえまだまだ独り立ちはしていない子どもたちが、私の友人たちに私抜きで会ったりしてもらうと心がほくほくします。

私は日本人として南アフリカに永住することを選択している人間ですが、生まれ育ったのは日本で、大人になりかけの時期に魂を吹きこまれたのは米国、社会人としても揉まれてきたのはアフリカの諸国です。

そんな私が子育てをする上でかなり大切にしてきたのが、いろいろな国に住む友人たちとのお付き合いでした。

実際に、何年かに一回は遠くに離れている友人たちを訪問し一緒に時間を過ごさせてもらいます。観光地を巡る旅行も素敵ですが、私が子どもを連れて訪れてきたのは、様々な国で、それぞれの家族と共に普通の暮らしをする友人たちの生活の場所でした。

私は子どもたちと一緒に、ホテルではなくて、友人たちのお宅に(迷惑になることは重々承知の上)、ずうずうしくも何日も泊めてもらって生活を何日か一緒にさせていただいて来ています。

日本人の友人の家であれば、アフリカに暮らす子どもたちに、普段母親の私、お互いの兄妹という役割が固定している人間関係の中のみだけでしか聞けない日本語をたっぷり聞き、使う機会にもなります。これがどれだけ大切かは、日本以外の場で暮らし、子どもたちに日本語を学ばせたいと考えている親の立場の人は理解していただけるはずです。

日本人以外の友人の家では、そこで話されている言語に始まり、毎日食べる食事、垣間見る習慣、宗教行事といった、書物やテレビあるいはインターネットからの情報からだけでは絶対得ることのできない日常の暮らしを体験させてもらえます。
こういったことを説明とか、教訓とかまったくなしで、子どもたちに体感させることで、彼らの心の芯に人と付き合っていくことの楽しさ、また難しさなどを知って欲しいと思いました。

そんなことも遠因でしょうか、カンジもショウコも、自分と異なる習慣や言語を持つ人たちにとても寛容な青年たちに育っているように思います。もっともカンジはもう25歳になりましたから、途上国の常識では子どもが数人いるオトウサンになっていたって不思議はない年頃。つくづくゆっくりと人生を歩いている人です。

20歳のショウコはいまケープタウンで大学生をしていますから、日本人との接触は激減しており、日本語もどんどん退化していっています。今回、どんな場所で会う、といった事前のやりとりはFacebookでのメッセージだったようで、日本語を読むこと書くこと自体に大層苦労したようです。それでも私に助けを求めてこなかったのはエラかった。

彼女の感想です。

「オカアサン、ショウコね、日本に行って日本語とか日本のこととかもっと勉強しなくちゃだめだと思ったよ。ショウコの日本語ほんとにダメだったよぉ。でもね、楽しかったの。本当に嬉しかったの」

ショウコの言葉には、大人に優しくしてもらうのが、どんなにか嬉しかったかが溢れていました。

この優しくしてくれた友人とは東京に住む友人のお連れ合いで、仕事で南アに写真撮影に来ていたのでした。久しぶりに会った彼女が、ボーイフレンドのディランまでちゃっかり連れて来たことを、「すっかり大きくなってBFまでいてちょっと複雑!だったけど相変わらずかわいかったよ。大学生活を本当にエンジョイしているのがよくわかった」と話してくれました。

私は子どもたちが、親とか親戚だけではなく、血のつながりが無くても、頻繁に会うことができなくても、世界に散らばる自分たちの応援団がいる、ということを肌で感じられることが本当にいいなぁ、と思っているので、涙腺が緩んでしまいました。
それに、この出会いがショウコの日本魂?に火をつけたようで、いましきりに大学が終わったら日本に行く!と興奮しています。



さて、カンジは2年間の厳しい日本での生活を終えて、今年の始めに帰国しました。日本での生活は彼の性格をかなり用心深いものにしたようです。が、これも彼の選択したことですし、こういったことを乗り越えて成長していって欲しいと思います。

カンジがお世話になったのは、ヨハネスブルグの友人宅で、彼は大学院に行くための面接に挑んでいたのでした。この家族は私達の南アのおばあちゃん、とも呼びたい、キャシーの義理の家族です。キャシーと私の出会いは、彼女が私のことが書かれていた新聞記事を読んで連絡を取ってきてくれたことに端を発します。

そのキャシーの義理の家族が、カンジが面接を受けに行った大学の教員や学生をしている関係で、今回彼を引き受けてくれたのです。

普通だったら、ホテルにでも滞在しながら準備するのでしょうが、私はこういった“縁”とでもいうつながりを大事にしたいのです。キャシーと出会っていなかったら知り合ってもいなかった彼女の家族。その家族構成がよく似ているせいもあって、私はこのキャシーの義理の娘さんととっても親しくさせてもらっています。

人にお世話になる、ということを煩わしく思う人も多いでしょう。でも、私は世の中が緩やかにつながっていくためには、一緒にご飯を食べたり、ゆっくりする時間を過ごしたり、ということが大切だと考えているので、あえて友人宅にお世話になることを選択したいのです。

もちろん、過去に誤解やら行き違いがなかったとは言えません。でも、ネガティブな経験にポジティブな未来を潰すことはさせません。

私の亡くなった両親は、私が米国に留学したことがきっかけで、結構頻繁に実家を訪問することになった外国人の若い人をあれやこれと面倒を見ていました。一人のデンマーク人の女の子は今でいうギャップイヤーを利用して、両親の家に一年間ほど滞在しました。

父は片言の英語を話せたもの、母に至ってはチンプンカンプン。それでも、なんとか身振り手振りを交えて彼、彼女たちに「オトウサン、オカアサン」と慕われていました。

彼らは何らかの私の関連で我が家にたどり着いているのわけです。さすがの私も、私の不在の両親の家に、何人もの友人の滞在したい、というリクエストを伝えるのはおずおず、という感もありました。

でも、毎回、しごく簡単、単純に、

「いいよ」

という気負うこともない、鷹揚とした答えが返ってきました。

今、自分でもこの頃の両親の年齢をはるかに超えるような年齢になって、両親が何をしていたのかがわかります。
母がよく言っていたのは、「ご縁を大切に」。そして「情けは人のためならず」でした。

どんな形のつながりであっても、お知り合いになった人たちとのお付き合いを大切にすること。自分の家も心も開放して、人を迎え入れることは、巡り巡ってかならずよいご縁となって世の中が平になる、ということ。

実際の世の中はそんなに単純なものではないのかもしれません。また、いろいろな事情があって、なかなか赤の他人を家に入れることを躊躇する場合だってあるでしょう。

でもね、豪華なおもてなしをしなくても、家がちょっと片付いていなくても、そんなことはあまり気にしなくてもいいと思います。

人と付き合う、ということの素敵さ、楽しさ。そして、自分の子どもたちが自分を超えてさらに彼らの人間関係の輪を広げていくのは本当に素晴らしい。

「ああ、南アには峰子さんがいたな、行ってみようかな、子どもを行かせようかな」

と、私は私の友人たちに考えてもらえたら、本当に嬉しいのです。私は仕事が超忙しいので、完璧なお世話はできないけれど、南アを知って欲しいし、こういった生活だって選択できるんだ、ということを私の友人やその子どもたちに知ってもらえたら心からシアワセなのです。

みんな、待っているからね!
 
author : y-mineko
| - | comments(5) |

この記事に関するコメント
峰子さんのブログを久々に読みました!
いろいろあったね。
でも、私はマウイからあまり心配しすぎないようにしてるの。
きっと峰子さんも私のことを、きっと元気に違いないって
思ってくれてると思うし。
翔子ちゃん、かわいい!
小林クン、ほんと、相変わらずだけど、
あんなにえらいカメラマンなのに、小さなことに目がいく
心のやさしい、強い人だよね。
のりちゃんといいコンビです。
| ai | 2014/11/20 6:41 AM |
愛ちゃん、

ははは、毎日連絡取らなくても愛ちゃんが元気なのはわかっているよ!南アで待っているからね。

この二人、のりちゃんとやんこさん、という呼び名で通っているの、我が家では。

峰子
| 愛ちゃん←吉村峰子 | 2014/11/20 5:32 PM |
大変ご無沙汰しました&#10071;峰子ちゃんは覚えていらっしゃいますか?千乃おばさんの姪、昌子です&#10071;テレビの再放送を見て分かりました。懐かしく千乃おばさんと話してましたよ&#10071;絶対峰子ちゃんだよねって&#10071;立川の話、したいです。ラインならできます&#127925; 昌子
| 加藤 昌子 | 2014/11/30 9:08 PM |
昌子さま、

ご無沙汰しております!
まあ、なんて懐かしんでしょう〜。
千乃おばさんはお元気でしょうか?
もう40年?近くお目にかかっていないのかもしれません。

よろしければ私のメールアドレスまでご連絡いただけますか?
mineko.yoshimura@gmail.com

峰子
| 昌子さま←峰子 | 2014/12/01 6:04 AM |
 曽野綾子さんへの文章を拝見しました。
そしてそちらでの暮らしの中で人種、民族、国を越えて人としてつながれるのは、一緒に友達として、食事をして、隣人として暮してこそですね。少しずつお互いを知り、違いを理解しようという思いやりですね。 
 ボランティアであっても、滞在だけでは分からないことがふっとしたときに行き違うときに、いつも思いやる言葉を持てるかで変わるのでしょうね。曽野綾子さんのようなはっきり結論をつける方はご自分の囲いの中で、上に乗る方同士でコーフクなのでしょうね。でも、からから軽く聞こえてきます。カトリック信者とは思えない方です。どこかで一貫性がぱちっと切れてしまいます。聖書を読んでもイエスの受難を真摯に胸に受け止めているとは思えない。。。。。。戦争で罪もない人たちが亡くなっても、津波や震災で亡くなっても、被災しても、甘えるなと言いたいのですから。。。。
| 平井悦子 | 2015/02/19 12:56 AM |
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吉村 峰子
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(Japanese - English)