ショウコ、おめでとう | 空の続きはアフリカ
<< チャンスは何回でも! | main | ホンモノ、美味しいモノ、って? >>
ショウコ、おめでとう

【2012.10.19 Friday 16:27

2012年10月、我が家の弾丸娘、ショウコが高校を卒業しました。



10月の始め頃から、もう学校は卒業週間?とでもいうような行事が目白押しでした。でも、本人たち、実は、Speech Nightと呼ばれる卒業式のような行事を最後に、通常の学校の授業からは開放されるものの、南アフリカ全国一斉に行われる高校卒業試験が控えているのです。この試験は10月の終わりから1ヶ月半ほどかけて順々に行われるので、日本のように、「ああ、終わった」と心から思えるのはこの卒業試験が終了してからでしょう。

南アの高校は5年制です。つまり、日本の中学2年生が新入生となり、5年間同じ校舎で学ぶことになるのです。

ショウコの学校は寄宿生の女子校でしたので、それはそれは長い時間を友人たちと過ごしたことにになります。


2009年の彼女たち。下の写真と合わせてご覧ください。ショウコさん、かなり大人になりました。この上の写真の記事はここから




ショウコは今年に入ってから、頻繁に学校や友達への不満を口にするようになり、傍らで見ている私にも彼女がもう人生の次のステージに移る時期が来ていることが分かりました。

彼女の抱えている違和感は、私も自分の若い頃がそうだったからよく理解できました。

彼女が現在の自分の居場所に違和感を抱えてあっちこっちにぶつかり、痛い思いをし、時には涙を流しているのを傍で見ているのは、自分がそういうものを乗り越えるよりも厳しいものがありました。

でも、彼女の場合、これが4月に入るころになると、自宅以外での食事はなかりの確立で吐いてしまう、という症状も出始めました。

いろいろなお医者さんに行きましたが、吐き気止めを処方されるだけで根本的には何の解決にもなりませんでした。

また、この頃ちょうど、彼女の矯正歯科治療の最終段階で、元々欠損していた前歯2本のインプラント手術をしたことで、なんと、ショウコさん、18歳にして生まれて初めて抗生剤のお世話になったのです。

母のくせに、私の記憶はかなりいい加減なので、“私が覚えている限り、初めての抗生剤”と断ったほうがいいかも知れません。でも、こういうことにかけては記憶力抜群のショウコ本人も、覚えていない、と断言していますので、多分、正しい情報です。

この抗生剤の服用も、この時の彼女の体調の悪さに拍車をかけました。医療関係者の友人にも、「18歳まで抗生剤を服用していなかったら、そりゃあ、体のショックは相当なものかもしれない」とも言われてしまい、とにかく食べ物がなかなか身体に留まっていてくれない状態になってしまったのです。

結果として、彼女、4月頃から6月までに、なんと10数キロも痩せてしまいました。いくら身長が173センチもあるとはいえ、こんなに短期間にこれだけ体重が落ちると、彼女を知る人全員が、顔色を変えて、「ショウコ、どうしたの??」と心配するくらいでした。

何人かのお医者さまにも見てもらったのですが、大方は「高校3年生がストレスです」という診断で、特に積極的にこれ、という治療方法は示してもらえませんでした。

ショウコさん、6月の学校の最後の2,3週間は、授業にも出られないような状態になってしまいました。この間、成績もかなり落ち込みました。

6月末から7月にかけての3週間、彼女が、高校生活の中でも、本当に気合を入れて精進していた地域選抜の合唱団の英国ツアーがあったので、この旅行期間中、どうやってしっかりと栄養を確保するのか、というのが大問題になりました。

結果から言うと、かなりの部分はスーパーマーケットで購入したヨーグルト、バナナなどで凌ぎ、ツアーの他のメンバーがファーストフードで食事を取っていたのと対照的な“健康的”食生活を送ったようです。お小遣いの大部分は食費に消えていったようですが……。

さて、このツアーは空色庵の記事「英国での合唱コンクール」でも書きましたが、英国Walesでの国際コンペに出場することが第一の目的で、彼女はメゾソプラノのリーダーでしたので、どれだけ彼女がプレッシャーを感じていたかは想像に難くありませんでした。

しかし、このコンディションにも関わらず、結果、合唱団として堂々の2位獲得、ショウコが振り付けを担当した、Show Choirという踊りを交えたコンペでも、3位入賞という立派なものでした。

ところが、英国から帰国して、3学期が始まっても、ショウコの症状は改善しませんでした。吐き気も自宅以外の食事がどんどん取れなくなっていきました。

週の月曜から木曜までは学校の食事を取らなくてはいけないショウコのために、学校のキッチンでも、彼女のために鶏肉のササミや野菜をゆでてくれたり、といろいろ配慮してくれました。

ただ、この状態ではこれからの卒業試験を乗り切ることはほぼ不可能でした。

そこで、学校の近くのクリニックに高校生の患者を多く扱う医師がいる、ということを聞いて、この先生の診断を仰ぐことにしたのです。

この先生Dr. Smit は、最初の診察の場に仕事の関係で行くことができなかった私のために、わざわざ電話をかけてきてくれて、20分も詳しい説明をしてくれました。

Dr. Smitは、ずばり、

「ショウコには短期間でいいので、習慣性のない、効ウツ剤を処方したいと思います。彼女は2年前の父親の死とか、現在の最終試験のプレッシャーとかでもう崩れる直前です。あなたは効ウツ剤を服用させることに異議がありますか」

これを聞いて、正直驚きました。

ショウコは幼い頃から、とにかくわが道を行く弾丸娘で、人と違うことに対しての恐怖感があまりありません。理解してくれる友人には恵まれるものの、中には彼女をライバル視して、距離を置く同級生もいます。でも、日本人ならではの礼儀正しさや面倒見のよさから、先生や上級生、下級生からの人気は絶大ですし、問題があっても正面から挑み、傷ついても、泣いても、落ち込んでからの回復の早さが彼女の長所なのでした。

ただ、私は心の病に関して、身体の病と同じ、という考えがあります。怪我をしたら、手当てをするのと同じように、もしも彼女が稔の死やいま抱えている将来への不安などで心がちょと弱くなっているとしたら、それを一時的に緩和する薬を服用するのは、とっても自然なことだと思いました。

Dr. Smitの提案で服用した薬の効果は劇的でした。

ショウコはこういった薬の効果は少なくても数週間は様子を見なくてはいけない、と言われたにも関わらず、3日目にはこんな電話をかけてきました。

「お母さん、今日、何も吐かなかった!そして、身体が軽い!もやもやしていた気持ちがすっきりした!!うわ〜、もっと早く薬を飲めばよかった!!!」

これを聞いて、苦笑するしかありませんでした。

今まで、ほとんど薬を服用することなくこれまで生きてきたショウコだから、こんなにポジティブに効ウツ剤に反応しているのか、あるいは、ドラマクイーンの異名をとる彼女の性格が、薬に相乗効果をもたらしているのか……。

ショウコは父親の死に際し、その死を受け入れるためのカウンセリングを受けることはありませんでした。これは、カンジも私も同じでした。

傲慢かもしれませんが、日本の文化や日本人のことはまったく知らない西欧のカウンセリング手法を用いる南ア人のカウンセラーでは、日本人の私たちの感じている最も身近だった父親への夫への思いを汲んでくれないかもしれない、という思いがあったのです。

でもそれよりも、何よりも、深いところでの文化のギャップを父親や夫の死を題材に、まったくの他人に語る余裕がそのときの私たちになかったというのが現実でしょう。

これは私たちがもっと元気が出てきたら超えていかなくてはいけない問題だと思っています。

さて、ショウコさん、高校生活を終わるに際し、学校からいくつもの表彰を受けました。その数、7つ!ダンスや歌、演劇で賞を総なめした、という感じでした。

また、卒業式に伝統的に歌われる、合唱団をバックにして、ソリスが歌う、God Bless Africaのこの栄えあるソリストにも選ばれました。これは、彼女が音楽の先生にオーディションをして欲しい、と頼み込んで実現した晴れ舞台でした。

ショウコいわく、毎年歌われるこの歌を必ずソリストとして歌いたい、と長年!強く希望していたのだそうです。

彼女はメゾソプラノで、よく響く、そして柔らかく深みのある声で大勢が集まった卒業式の会場を魅了していました。

ショウコ、高校卒業おめでとう!

これからも、そのまっすぐで逞しい、背筋の通った歩き方を貫いて欲しいと思います。でも、ちょっと困ったり、疲れたりしたら、迷うことなく寄り道をしてもいいし、休憩してもいいんだよ。

私はあなたのお母さんでいることが、とっても嬉しいし、これからもあなたの一番の応援団長でいたいと思っています。

行け行け〜、ショウコ!



author : y-mineko
| あんなこと、こんなこと | comments(6) |

この記事に関するコメント
まずはショウコちゃん、卒業おめでとう!そして、ショウコちゃんを陰からしっかり支えているお母さん、感動しました。ショウコちゃんも、症状が落ち着いてよかったですね。

私も外見が元気で強く見える人ほど内面にはクリスタル城を持っていて、崩れだすと自分でコントロールができなくなるほどヨレヨレになってしまうことを知っています。

白状すると、私もスペインに来る前、自分の在り方や生き方に対して納得する答えが出ず、嘔吐を繰り返した時期がありました。
でも、今思うと、何も考えないで気が付いたら大人になってしまうより、いっぱい悩んで、苦しみながら大人になった方がいいのかもしれないと思ったりもします。

とはいえ、それは過去の自分に対する思いで、母親の子供に対する思いはちょっぴり違ったりしますね。最後には、峰子さんがいうよに、子供がちょっと休憩したい時にいつでも戻ってこれる場所を作ってあげるのが一番良いのだと思います。子供は親が思っているよりもずっと、ずっと強いですもんね!

子供たちに負けてられませんよ、お母さん!!
| ちゃた | 2012/10/19 5:29 PM |
ちゃたさん、

ありがとうございます。

母の役割って、そうですよね。年代に応じて変ってくるけれど、これからはカンジやショウコが安心して休養に戻ってこれる場所でありたいと思っています。

オシメ時代、小学生時代、そしてティーンエイジャー時代、ほんと、いろいろな場面ではらはらしたり、お知りをたたいたり、子どもと歩む生活は楽しいですよね。
| ちゃたさん←吉村峰子 | 2012/10/20 6:13 PM |
ご卒業おめでとうございます。

ショウコさんも、お母様も大変でしたね。
でも晴れ晴れとしたショウコさんの写真を見ると
私まで嬉しくなります!

子育ても、生きることも
たくさんの大変なことの中に
小さな喜びがあるから続けられるんですよね・・

私ももうひと頑張りしなくちゃ!!
| sinmaihaha | 2012/10/23 3:34 PM |
sinmaihahaさま、

本当にそう思います。小さな喜びを見つける名人でいたいと思います。毎日、悲しいことや苦しいことがあっても、小さなシアワセ。タノシミを周辺にたくさん散らして、雄雄しく進んで生きたいです。

がんばってくださいね!
| sinmaihaha←吉村峰子 | 2012/10/23 9:37 PM |
ショウコちゃんご卒業おめでとうございます。

カフェグローブの頃からずっと拝読させて頂いていたお子様の成長を、
今回もまた身内のことのように嬉しい気持ちで
また一つ大人の階段を上ったのか・・・
とちょっとウルウルしながら読ませていただきました。

そして峰子さまのお母さんとしての姿勢にも
本当にいつもいつも勉強させて頂いております。

うちの二人の息子がその年になるには10数年先ですが
きっと私も峰子さまのようにしっかり子供と向き合いつつ
そして最後まで強力な応援団長であれるよう
心がけたいと思っております。

帰国なさった時には、どうぞ存分に日本食を味わって下さい。
またこれからも更新楽しみにしております!

| mim | 2012/11/11 4:49 PM |
mimさま、

暖かいお言葉、ありがとうございます。
ショウコもカンジも、こうやって多くの人に暖かく見ていただいているのですよね。本当に嬉しいです。世界中に応援団がいるっていうことです。

いま、実は、テレビの取材が明日から始まるんですよ!12月14日の放送らしいです。また、お知らせしますね。ああ、でも、もう少し、体重落としてから撮影されたかったです!
| mimさま←吉村峰子 | 2012/11/13 4:12 AM |
コメントする










吉村 峰子
writer
English & Japanese
language instructor
interpreter
(Japanese - English)