まだもう少し待っててね | 空の続きはアフリカ
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まだもう少し待っててね

【2010.04.18 Sunday 00:40
 夫が亡くなって、一カ月が経った。
私はお母さんだから、自分の悲しみだけに浸るわけにはいかない。

でも、ショウコの健気さ、豪快さに救われている。
カンジの優しさ、細やかな心遣いに助けられている。

東京滞在中、ホテルに泊まると寂しいかな、と思い、空色庵ののりちゃんのマンションにお邪魔した。駅から数分の古くて大きくて、温かいマンション。

のりちゃんのパートナーのコバヤシさんは、どうやら稔が亡くなったことを知らないな、と言う感じだった。うん、それもそれでいいのよ。

ショウコとコバヤシさんは波長が合うようで、二人で何がおかしいのか、「がはがはがはがは」と笑っていた。ショウコは、朝ごはん前にキャラメルコーンを食べちゃうコバヤシさんがとっても素敵に思えたようだ。

ハハとして、子どもの笑い声くらい、こういう時心に染みるものはない。

特に夫とショウコは仲がよく、また性格もよく似ている。実は、ショウコは、「オンナミノル」と家族内で呼ばれているのだ。

そのショウコがつぶやいた。

「あのね、ショウコはね、お母さんとカンジが泣いているのを見ても、もう同情しないんだよ。だって、お父さんはもうどうやったって帰ってこない。泣いたって駄目なんだよ。だから、ショウコはお父さんの喜ぶことをして、お父さんのことを考えることにすることに決めたんだ」

ショウコのこのつぶやきにウソはない。

そんなに単純に割り切れるの?と聞く人がいるのかもしれない。

単純に割り切っているのではなく、これがショウコなりの生きて行くための方法なのかもしれない。こう思うことで、前に進む彼女がいる。

私に似ているカンジはがんばっているが、教授に「カンジはがんばっている」と言ってもらったら、みんなの前で泣いてしまったそうだ。

どうしても深夜に目が覚めてしまう私。キッチンに歩く私の足音がすると、どんなに遅くでもカンジの部屋には電気がついていて、「お母さん、大丈夫?」って聞いてくれる。

昨日までそこにいた人が死んでしまうのは本当に大変なことだ。

人間の死、というものを医療関係者でのないのに、アフリカにいて、エイズ患者さんの近くで生活してきて多く見てきた私。

患者さんの死に打ちのめされて、涙に暮れることも何回もあった。

でも、今回の稔の死はまったくの別モノ、まったく別の次元の話だった。

四六時中嘆き悲しんでいるわけではない。毎日の生活は目の前で進んでいく。ご飯だって食べている。味はあまりしないけれど。

日本では追悼の会が3回、法事が一回、食事会だって何回も。

市役所で戸籍に死亡届も出した。生命保険の手続きもした。遺族年金の手続きもした。銀行のローンの口座も変更した。司法書士さんにだって会った。考えられるやるべきことはすべてしてきた。

ダーバンに戻ってからは、授業だって、他の仕事だって休みなしにこなしている。

でも、ふとしたときに心がつぶれる。

稔がいないことを思い知らされて、心がつぶれる。

だって、健康オタクで、運動好きで、絶対、私より健康で長生きするから、

「安心しろ、お前は車イスになったって、寝たきりになったって俺が介護してやるからな」

と言っていた人間が、どうして私より先に死んでしまったんだろう。

私はPCがどうやってプリンターとつながっているかも分からないし、経理もできないし、請求書もよく書けないし、停電したときにつけるランプだってよくつけられないし、ショウコのブーツを修理に出したところも知らない。去年ぶつけた目だって、まだよくなっていない。

でも、何から何まで私がやるしかないんだね。

だから、ショウコが笑ってくれると本当に助かる。カンジが一日も休まずに大学のプロジェクトを進めているのが本当にありがたい。

でも、ショウコが泣いているのも分かっている。カンジが泣いているのも知っている。

いまはしようがないね。

でも、きっといつか、PCだってプリンターだって直せるようになって、経理も専門家はだしになって、請求書だって書けて、停電だってまったく平気で、自分で靴の修理屋さんに行きつくようになるからね。この目だって、イワシを食べてきっと良くなるようにする。

きっとなるからね。
ちょっと待っててね。
あとちょっとだけ。



author : y-mineko
| ミノルのこと | comments(9) |

この記事に関するコメント
 突然のことに、とても驚いています。

どんな言葉も、今は吉村さんのココロに寄り添えないこともわかっています。

 ただ、ずっとまた吉村さんをここで待ってます。

私も愛知に住んでます。アフリカのために、全力をつくされたすばらしい方を想って、空に祈ります。
| mayu | 2010/04/19 1:47 AM |
峰子姉さん
mayuさんと同じ、わたしも、空色庵のみんなも、空に祈っています。いまはただ、一日ずつ、一日ずつ、過ごしていくことだけ思って。

そうして、いつか、峰子さんと稔さんがどんなふうに出逢ったかとか、彼がどんなふうに峰子さんを射止めていったかとか、ふたりがどんなふうにアフリカで暮らしていたかとか、そういうことも、少しずつここに紡いでいっていただけたら・・・とも思います。(もちろん、峰子さんが嫌でない限り。自分だけの胸に留めたいこともあるかと思うから。)
| 葉 | 2010/04/20 1:52 PM |
峰子さんはきっとそうできると信じています!
峰子さんには精一杯愛し、愛されたという黄金の思い出があるじゃないですか。
その宝物は誰でも持てるというモノではなく、峰子さんとかんじ君、しょうこちゃんに、稔さんがくれた至上のプレゼントですよ。
稔さんが伝えたかった言葉も、行動も、本当はみんな峰子さんは知っています。彼が心の中に生きている限り、力の源となるでしょう。
だから大丈夫です。
| mituko | 2010/04/20 3:17 PM |
峰子さん、しょうこちゃんの言葉、お父さんの死に対する姿勢、
素敵ですね。確かにそうできたら素晴らしいし、稔さんも安心する
でしょう。でも、だからと言って、今までいた人が突然存在しなく
なる事にそう簡単に慣れるとは思えないし、時間が必要ですよね。
無理に元気になる必要はないし、悲しみを我慢することもない。
峰子さんはちゃんと自分が進むべき道がわかっているから、少し
くらい気持がお休みしても大丈夫ですよ。
素敵なご主人から思いっきり愛された峰子さん、しょうこちゃん、
カンジ君だから、今は、悲しみとも仲良くして、又、アフリカの空の
下から私たちに色んな話を聞かせて下さい。
いつも待っています。


| maki | 2010/04/20 5:16 PM |
あー、なんか涙があふれてきちゃいました。昨日までそこにいた人がいなくなってしまうのは、本当に大変なことですよね。だからこそ、人ってそんなに強くはないってことが分かるし、それだからこそ(カフェグローブで書いてくださった)人の弱さを支える宗教の持つ力っていうものをあらためて考えさせられます。そしてまさに旦那さまが感じておられたように、なぜその宗教ゆえに人が争いを続けるのかということも。
夫婦はいっしょに住んでいて腹の立つこともお互いあるのが普通なのでしょうけど、あんな一言だったりこんな一言だったり、掃除だったり料理だったりで、ものすごく助けあったり支え合ったりしてしてるってことを忘れてしまいがちなんだなってことに気づかされました。
峰子さん私もカリフォルニアで泣いているのでよろしく。とってもすてきな写真ですね。
| アイドル | 2010/04/21 5:40 PM |
峰子先生 こんにちは、、
空色庵の更新まっていました。

“寿”のカウンターでおしゃべりしているような気分でいつも読んでいます。でも、、私の方だけがそんな思いでも、、と思い
今回はじめてコメントを書き込みますね。

“ショウコちゃんのつぶやき”なんとなくわかるような気がするんです、、。

5年前、私の父は他界しました、、急な病気で。

父は私にこう言っていました、、
「ワシが死んでも悲しまんでくれよな、、ワシの教えたいことは全部  おしえてある、、あとは自分でよく考えて行動してくれ、、。」

本当に厳しい父親でした。

父はもういないけど、、
あの父は、いつも私の心の中にいるんですよね。

きっと、、ショウコちゃんの心の中には、そのまんまの稔先生がいるような気がして、、。
| B | 2010/04/22 7:33 PM |
峰子さん
ダーバンにおかえりなさい。
お帰りになってしばらくが経ちましたね。
そして、日本でたくさんのことをこなされた非日常から、
ダーバンの日常に戻られた時、
傍らにいらした稔さんが手の届くところに居ないことを、
きっと、確かに実感されたでしょうね。
私も7年前に父を亡くした時、家族全員で泣きはらしました。
泣いても泣いても枯れることのない涙。
でも、そこから学んだことは多く、
父の死がなかったら、今の私は確実にありません。
なにもあの時でなくともよかったのに…と今も思いますが、
あの時だったことに意味があるのだろうとも思います。
でも正直言って、その意味が何なのか正確にわかりません。
7年経った今だって、電車の反対側のホームに、
父に似たひとがいるだけで心臓がドキドキして、
居るはずのない父の面影を追いかけそうになったりするし、
突然なんでもない時にふっと思い出して泣きたくなります。
未だに動いた父が映っている映像を観ることはできません。
親を亡くした子どもの私でさえそうなのですから、
パートナーを亡くしてしまった母の喪失感は、
いかばかりかと思ったものです。
母は峰子さん以上に、自分ひとりではなにもできません。
でも、弟や私、そして周りの人が助けています。
だから、峰子さん。
全部ひとりでやろうとしなくてもいいんですよ。
みんなで稔さんが居なくなってしまってぽっかりと
空いてしまった穴を、稔さんを思う気持ちで
ゆっくりと埋めていけばいいのだと思います。
ショウコちゃんの気丈な言葉も、
カンジくんの裸のままの繊細な言葉も、
みんなが前を向いて歩こうと、そして峰子さんを支えようと
思っている証だと思います。
だから、どうかその悲しみも大切に胸にしまって、
家族でゆっくりと歩いていってください。
東京で毎日お祈りしています。
| ame | 2010/04/23 12:57 AM |
峰子さん、ゆっくりいこうよ。
私でさえ、半年、抜け殻だったよ。
この私がだよ。
峰子さんは心配していっぱいメールくれたよね。

子どもはさ、抜け殻になった母をよく見て、
またそこから学んでくれるよ。
峰子さんは何もかも子どもに見せてきたじゃん。
同じだよ。

でもさ、私は神さまを信じていて、
私がひょんなことから生気を取り戻したように、
峰子さんにもそういうギフトがくるよ。

私はそのギフトのことを毎日神さまにお祈りして
峰子さんがそれを受け取るのを待ってる。

だって、峰子さんが馬鹿力でるのは知ってるよ。
私たち、いっつもそうやってきたじゃん。

そして、Please know, I will be there for you,
if you really need me.

愛を込めて
| 愛 | 2010/04/24 9:05 AM |
アフリカ・・・ は知っていましたが このブログは初めて読ませていただきました。

今先生のこと、ご家族のことを思い出しながら 自分のブログを
アップしました。

私も数年前悲しいできごとがあり あまりのショックで1年間人に会えずご飯も食べられないときがありました。
自分がこんなふうにうつ状態になるなんて 想像したこともなかったのに。でもそのときそばにいて やさしい言葉をかける、ではなく
彼らの考え方を聞いたとき 私はこんなに心強い家族がいる。
この子達のためにもがんばろう!と立ち上がれたことを
思い出しました。
先生が遠い空の下 お元気でいることをお祈りしています。
| 近藤美由紀 | 2010/04/27 2:38 PM |
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吉村 峰子
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