ミノルのこと | 空の続きはアフリカ
49 Days

【2010.05.05 Wednesday 13:33
ステージの上のショウコは、その堂々としたダンスと歌唱で圧倒するような存在感があり、たった6週間前に父親を亡くした少女には見えなかった。

ヒルトン高校は南アでも有数の名門男子校。その歴史は古く、南ア中から多くの男子学生が集まっている。



このヒルトン高校とショウコの通う女子高校のエップワースは、同じピーターマリッツバーグにある高校だ。南アには、こういった寮のある高校がたくさんある。

我が家からピーターマリッツバーグまでは、距離にして60キロほど。家から5分ほどで高速道路に乗って、120キロくらいの速度でノンストップ、時間にしたら40分弱しかかからない。でも、公共交通機関がほとんど整っていない南アでは、この距離は毎日の通学は無理。よって、我が家の場合、ショウコは、月曜の晩から金曜の昼間まで学校の寮に入る、“ウェークリー寄宿生”という選択をした。

南アの高校(日本の中学2年から高校3年まで)は一年生から入学した場合、卒業まで5年間あるから、本当にそこに集まる子どもたちは、“生涯の友”を得ることができる。南アの寄宿高校を卒業した親は、必ずと言っていいほど、自分の子どもたちも同じように寄宿高校に入れたがる。

ショウコを見ていてもそれがよくわかる。

悲しい時、嬉しい時、苦しい時、楽しい時、一日24時間を、こんなに多感な時期に一緒に過ごす友が、自分の人格の一部にならないわけがない。今回も、父が亡くなる、というこの現実に彼女が雄々しく立ち向かっていけるのも、数人の彼女の本当にコアな友人たちが、彼女をしっかり支えてくれているのが手に取るようにわかる。

さて、その男子校、女子高の寄宿学校同士、お互いの欠けているところを上手に補う習慣がある。

南アの高校には、10年生からの選択科目の一つに、演劇(ドラマ)という科目がある。今回は、ヒルトン高校でミュージカルが演じられることになり、ショウコの通うエップワースに出演依頼が来たのだ。

でも、希望者が全員招待されるわけではなくて、厳しいオーディションがある。ショウコは、ダンスとコーラスに選ばれた。メインのセリフのついた役ではなかったのが、なんとも悔しかったそうで……。



しかも、ショウコが狙っていたのは、エルビス・プレスリーを彷彿させる主人公だった、というのだから、あっぱれ!

ショウコに言わせると、今回、監督の先生がショウコを主役に選ばなかったのは、「男子校のプライドなのよ」だそうだ。そりゃあそうでしょう!男子がたくさんいる男子校で、女子高の女の子たちに演じてもらいたいのは、“女の子”いや、“女性”なんだから。

いやはや、それにしても、その揺らぎのない自信は「いったいどこから?」と母は感心するばかり。ステージでも、大勢の中で自信たっぷりに動く彼女はとっても目立つ存在だった。



そんな彼女の元気な姿を見たばかりだったのに、思わぬところで、稔の死の大きさを実感することがあった。

ショウコの舞台を見た後、帰路についた私は、自分の携帯電話をマナーモードから通常モードに切り替えるのをうっかり忘れていた。

その間、15分もなかったと思う。

ショウコは、観客席にいた私をどうやら見つけられなかったようで、私が実際にその日ヒルトンに来ていたかも確認していなかったのもいけなかった。

実はこの日はもともと舞台を見にいく予定にはしていなかったのだ。たった数日前のドレスリハーサルには兄のカンジとともに行っていたから、平日の夜(何と舞台は7時半始まりの10時終了!)のお出かけは遠慮したい私の体力を心配して、ショウコが無理に本番(四夜連続!)は来なくてもいい、と言ってくれていたのだ。

でも、我が家のスタッフのプレシャスやシェリーが、「ぜひ見たい!」と言ってくれたので、急きょこの二人を連れて、火曜日の晩、出かけることにしたのだ。近い、と南ア人は言っても、夜暗くなってからピーターマリッツバーグの町外れにあるヒルトン高校までの片道80キロのドライブはそう頻繁にはしたくない。でも、ショウコには、携帯電話のメッセージに、「今日、見に行くからね」と入れておいたのだ。

いろいろな偶然が重なり、ショウコはその日私の姿を見ていなかったのだ。

舞台が終わったショウコは私の携帯に連絡を入れようとした、が、マナーモードになっていたので、私は電話がかかってきたことも知らなかったのだ。

私が電話にでないことでショウコはパニックを起こしたのだ。

兄のカンジに電話をかけ、

「お母さんがいない、死んじゃったんだ!」

と、大泣きをしたらしい。

カンジは、冷静に、私と一緒にいるシェリーに電話をかけて状態を確かめて、ショウコをなだめてくれた。

そして、ようやくつながった電話でショウコは大泣きをしながらその不安を私に伝えた。

ショウコはこの年齢でありながら、本当に度胸の据わった、それでいて、素直な女の子なのだ。前回も書いたように、彼女は普段の生活をこれまでと変わらない態度で元気に過ごしている。

それなのに、こんな不注意な15分の空白が彼女を絶望の淵を覗いたような状態にしてしまったのだ。

ごめんね、ショウコ。

でも、お母さんは絶対に死なないから。あなたたちがしっかりと大人になるまで、がんばるからね。健康管理もしっかりして、運動も再開して、がんばるからね。

おいおい泣いているショウコの電話のそばで、彼女の友達が一緒に泣いているが聞こえた。みんなありがとうね。心配かけて本当にごめんね。

そして、こう言う時、決して私にまた電話したりして、私の不注意を責めたりしない、カンジの心のあり方にも手を合わせたい気持ちになる。

カンジの、何も言わず、その「電話をかけない」、という選択で、私を支えてくれているのがよくわかる。私が誰よりもショウコの心をこんなに揺らしてしまったことを悔いているのが彼には理解できるのだ。だから、そっとしておいてくれるのだ。

夫の四十九日はあっという間に来た。彼の魂はきっと安心して、空に還ったと思う。

さあ、いろいろ再開しなくてはね。




author : y-mineko
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まだもう少し待っててね

【2010.04.18 Sunday 00:40
 夫が亡くなって、一カ月が経った。
私はお母さんだから、自分の悲しみだけに浸るわけにはいかない。

でも、ショウコの健気さ、豪快さに救われている。
カンジの優しさ、細やかな心遣いに助けられている。

東京滞在中、ホテルに泊まると寂しいかな、と思い、空色庵ののりちゃんのマンションにお邪魔した。駅から数分の古くて大きくて、温かいマンション。

のりちゃんのパートナーのコバヤシさんは、どうやら稔が亡くなったことを知らないな、と言う感じだった。うん、それもそれでいいのよ。

ショウコとコバヤシさんは波長が合うようで、二人で何がおかしいのか、「がはがはがはがは」と笑っていた。ショウコは、朝ごはん前にキャラメルコーンを食べちゃうコバヤシさんがとっても素敵に思えたようだ。

ハハとして、子どもの笑い声くらい、こういう時心に染みるものはない。

特に夫とショウコは仲がよく、また性格もよく似ている。実は、ショウコは、「オンナミノル」と家族内で呼ばれているのだ。

そのショウコがつぶやいた。

「あのね、ショウコはね、お母さんとカンジが泣いているのを見ても、もう同情しないんだよ。だって、お父さんはもうどうやったって帰ってこない。泣いたって駄目なんだよ。だから、ショウコはお父さんの喜ぶことをして、お父さんのことを考えることにすることに決めたんだ」

ショウコのこのつぶやきにウソはない。

そんなに単純に割り切れるの?と聞く人がいるのかもしれない。

単純に割り切っているのではなく、これがショウコなりの生きて行くための方法なのかもしれない。こう思うことで、前に進む彼女がいる。

私に似ているカンジはがんばっているが、教授に「カンジはがんばっている」と言ってもらったら、みんなの前で泣いてしまったそうだ。

どうしても深夜に目が覚めてしまう私。キッチンに歩く私の足音がすると、どんなに遅くでもカンジの部屋には電気がついていて、「お母さん、大丈夫?」って聞いてくれる。

昨日までそこにいた人が死んでしまうのは本当に大変なことだ。

人間の死、というものを医療関係者でのないのに、アフリカにいて、エイズ患者さんの近くで生活してきて多く見てきた私。

患者さんの死に打ちのめされて、涙に暮れることも何回もあった。

でも、今回の稔の死はまったくの別モノ、まったく別の次元の話だった。

四六時中嘆き悲しんでいるわけではない。毎日の生活は目の前で進んでいく。ご飯だって食べている。味はあまりしないけれど。

日本では追悼の会が3回、法事が一回、食事会だって何回も。

市役所で戸籍に死亡届も出した。生命保険の手続きもした。遺族年金の手続きもした。銀行のローンの口座も変更した。司法書士さんにだって会った。考えられるやるべきことはすべてしてきた。

ダーバンに戻ってからは、授業だって、他の仕事だって休みなしにこなしている。

でも、ふとしたときに心がつぶれる。

稔がいないことを思い知らされて、心がつぶれる。

だって、健康オタクで、運動好きで、絶対、私より健康で長生きするから、

「安心しろ、お前は車イスになったって、寝たきりになったって俺が介護してやるからな」

と言っていた人間が、どうして私より先に死んでしまったんだろう。

私はPCがどうやってプリンターとつながっているかも分からないし、経理もできないし、請求書もよく書けないし、停電したときにつけるランプだってよくつけられないし、ショウコのブーツを修理に出したところも知らない。去年ぶつけた目だって、まだよくなっていない。

でも、何から何まで私がやるしかないんだね。

だから、ショウコが笑ってくれると本当に助かる。カンジが一日も休まずに大学のプロジェクトを進めているのが本当にありがたい。

でも、ショウコが泣いているのも分かっている。カンジが泣いているのも知っている。

いまはしようがないね。

でも、きっといつか、PCだってプリンターだって直せるようになって、経理も専門家はだしになって、請求書だって書けて、停電だってまったく平気で、自分で靴の修理屋さんに行きつくようになるからね。この目だって、イワシを食べてきっと良くなるようにする。

きっとなるからね。
ちょっと待っててね。
あとちょっとだけ。



author : y-mineko
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吉村 峰子
writer
English & Japanese
language instructor
interpreter
(Japanese - English)